まさか!あの銀座でも・・・・

2010年2月 3日 07:00 - ()

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2,8というのは商売がもっとも良くない月として、ため息をつく経営者が多いようです。

旭川でも昨年の丸井今井の閉店に始まり、旭友スーパーの身売り、などが報じられていて地方経済がどんどん衰退していく恐怖感を味わっていたところ、大都市圏においても同様の現象が見られるようになってきました。

銀座を象徴するような銀座マリオンで西武有楽町店が今年の12月25日で閉鎖、また阪急グループの四条河原町阪急が秋に閉鎖、という発表がありました。理由は売り上げ減少による業績不振ということです。

銀座といえば高級感ただよう街として、我々には憧れというか高値の花のようなところでした。高校の修学旅行で東京の自由時間に銀座・並木通りの喫茶店でコカ・コーラを頼むことしか出来ませんでしたが、念願の銀座に行ってきたという証にマッチを大事に忍ばせた淡い記憶が蘇ってきます。

社会人になっても銀座で買い物をしたことはなく、やはり敷居が高く感じ、わたしには憧れ以上の存在でありました。

 

50歳を過ぎてから、私用、仕事で東京へ出向いたとき、たまたま銀座で買い物をする機会を持ってからというもの、自分の想像とは全然違う事実を知るようになりました。商品の品揃えはふんだんにある割には価格的にリーズナブルなものもあり、モノによっては地元のデパートや専門店で購入するより安いものを見つけることもあります。なんといっても従業員の接客がとても洗練されていて、とても心地のいいものです。ですから、何も買わなくてもただ会話を聞いているだけでとても徳をした気持ちになれます。

例えば、ネクタイ1本買うときでも、決して向こうから「何をお探しですか?」とか「とても、お似合いになっていますよ」などという声かけはしてきません。こちらから分からないときに質問したときのみに「ネクタイでございますね。少々お待ちくださいませ。ただいま係りのものをご案内いたします」と言って専門の担当者を紹介するのです。いかに気持ちよく買っていただくかを心憎いばかりに心得た接客で簡単に財布のヒモが緩んでしまいます。

気持ちのいい買い物、優越感を味わう雰囲気、よそでは買えない商品、というのが銀座の「売り」でしたが、同じ商品で銀座で買うと10000円、アウトレットや郊外ショッピング街で買うと6000円ならば、今は後者が選ばれた店ということになってきています。

 

時代の流れは変えられません。銀座の高級店街は淘汰されていこうとしています。そしてその後にくるのは家電店、カジュアル中心のファストファッション店、そしてバブルで大金を得た中国人向けの書ピングモールかもしれません。

 

業態がどんなに変わっていっても、接客マナーは超一流の看板だけは下ろさないでいてもらいたいものです。

列車で行く日本縦断の旅

2010年2月 2日 07:00 - ()

 

 

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JR北海道旭川支社が企画した旅行商品「チャレンジ3374Km!列車で行く日本縦断の旅」が好評で、2月13日出発分は定員の40人に達し、追加で21日発の第2陣を募集しました。定年を迎えた人たちを中心に、飛行機や車でなく、列車でのんびり旅をしたいといったニーズが根強くあるそうです。

JR最北駅の稚内から最南駅の西大山(指宿枕崎線)までの片道を鉄道で走破する5泊6日の旅行で料金は申し込み人数によって15万2000円か16万2000円。第一陣は男性21人、女性19人、平均年齢は69.1歳でした。

参加の動機は「列車が好き」、「日本縦断の達成感を味わいたい」、「函館、神戸、長崎の三大夜景を見てみたい」、「移り行く車窓を眺めながら、美味しい駅弁を堪能したい」が多いといいます。

 

旅行大っ嫌い人間の私は、日本で未だ訪れていない県が半数以上あります。四国、九州は勿論、北海道ですら帯広、釧路方面の道東は行ったことがありません。根がせっかちなせいか、移動にかける時間がたまらなく長く苛立ちを持つみたいですし、食べることに興味が全くない不幸な輩ですから、地域の名産や郷土料理にときめきなぞ感じられないのです。それ故旅行の楽しみの半分が既にないわけですから、猫に小判、豚に真珠、男にブラジャー、女にフンドシのようなものです。

沖縄には10回以上行っていますが、これは単に暖かいところでゴルフがしたいという理由のみです。したがって、沖縄観光などするわけがなく、姫ゆりの塔、守礼門、中ら海水族館その他有名観光スポットには一度も訪れたことがありません。目的のあることがあるならば少しの窮屈は我慢できるのですが、それでも最近は沖縄にもあまり興味がなくなってきました。3月になれば苫小牧や室蘭近辺で充分欲求が満たされるからです。

ここまでくると、究極のズボラ人間か枯れ落ち葉老人、はたまた人生の終着駅近し人間のようなもんです。それでも人とはちがう興味の欲求が強く、自分としては結構粋な人生を楽しんでいると思い込んでいるところが、救いようのない偏屈者です。

盗み見

2010年2月 1日 07:00 - ()

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medibaという会社が10~40代のau携帯電話保有者2000人を対象に実施した調査によると、恋人や配偶者の携帯電話のデータを内緒でのぞいたことが「ある」は29.8%に上ることが分かりました。男性が16.9%に対し、女性は42.6%と男性の約2.5倍になっています。

のぞいた経験者に回数を聞いたところ、「1回」は21.2%。大半の人が複数回のぞいた経験を持っていたことになりました。のぞいた内容は「メールの受信履歴」が82.9%で最も多く、次は「メールの送信履歴」73.6%。

一方、携帯電話に「のぞき見防止シートを付けている」は男性が8.6%、女性が11.2%。「いづれも利用していない」は男性84.7%、女性79.9%となっています。

全体の46.8%が携帯電話のセキュリティーロックを利用。なかでも10代の利用率が50%を超える高い割合です。これにひきかえ、30代男性は61.6%が利用していないというデータが発表されました。

 

我々世代はイザヤ・ベンダサンの「菊と刀」ではないですが、水と安全はタダという神話のなかで成長してきました。当然、試験の答案用紙をのぞき見したり、会話を盗み聞きしたりするということが罪悪であるという教育を受けてきました。勿論、携帯のE-メールや着信履歴など見たいと思いもしませんし、見ることによる罪の意識のほうが大きくてタブーと決め付けています。

携帯電話のメールを盗み見たり、送受信履歴を見てどうするのでしょう?自分の恋人や配偶者がそれほど信用できないものなのか、単なる好奇心なものなのかは全く分かりません。現代の若者が人を信用しなくなったのか、それとも「人を見たら泥棒と思え」とネガティブな教えが蘇ったのかはもう少し様子を見る必要があります。

 

日本神話の中に出てくる「天の岩戸」の話でスサノオの暴徒に怒ったアマテラスが天岩戸に隠れたところ、全てが闇に覆われ真っ暗になった。何とかして太陽神のアマテラスに出てきてもらおうと、アメノウズメが戸の前で裸おどりをしたところ、外の様子が気になり何とか盗み見をしようと岩戸を少し空けたところを狙って、アマテラスの身柄を捕まえた。

これこそが日本古来から持っている人格の根幹のような気がしてなりません。宗教観が違うのか分かりませんが、キリスト教では人のモノを盗み見たり、聞いたりするような行動は「善」とはされていなく、そのような行為はめったにありません。また彼らは個人の尊厳をとても重んずる国民性ですから「人は人、自分は自分」と割り切っています。

 

日本人が世界標準になっていくには、この歴史的DNAを克服しなければいつまでたっても信用のされない発展途上の国民としての汚名を後世の世代まで負わせることになります。それには我々が伝えていくことでしか改善の道はありません。

恥というものがどんなにカッコの悪く、みっともないものなのか。羞恥心を持った人を育てることが今の教育に欠けているところでもあります。